リトルファーマーズ養成塾

夏休み期間中に、熊本県南阿蘇村で「リトルファーマーズ養成塾」というプログラムを開催した。その名の通り、小さい農家たちを育てるための塾で、主催したのは、全国の女性農家たちが20年前に立ち上げた「NPO法人田舎のヒロインズ」という団体。つまり、農業に従事する女性たちが自ら後継者育成に乗り出したというわけである。その内容について紹介することで、私たちの想いや意思をお伝えすることに代えたい。

 

この取り組みを始めたのは、熊本地震が発災した2016年の夏。Wikipediaによると、「日本国内の震度7の観測事例としては、4例目(九州地方では初)および5例目に当たり、一連の地震活動において、現在の気象庁震度階級が制定されてから初めて震度7が2回観測された」というほどの大きな災害だった。4月と言えば、農家にとっては農繁期。発災直後に、衝撃的なニュースを耳ににした。

地震直後に各地を回って被害を確認していたグループが、南阿蘇村に来る途中で、「サツマイモの苗を植えているおじいさんを見かけた」と言うのである。「大丈夫ですか」、と声をかけたところ、「大丈夫じゃないが、いま植えておかないと、秋に収穫できるものがなくなる」という答えが返ってきたとの事。思わず唸ってしまった。

家を失っても、家族を失っても、半年先のことを考えると「いま植えなければ」という発想は農家にとって、というよりも、生物として基本となるべき発想である。直接目にしたわけではないその光景を想像しながら、私は「農家のたくましさ」をしみじみと感じた。

また、地震後に集落のお年寄りを訪ねて回った時の事。何か不自由がありますか、と尋ねたところ、特にない、との返事が返ってきた。電気も水も止まっているのに、だ。幸い、農村部はプロパンガスが主流であるため、家が残っている場合は、ガスでの煮炊きができる。都市ガスより料金が高いが、非常時に強いことが証明された。台所がやられていれば、薪や炭で調理すればいい。戦後を生き抜いてきた80代以上のお年寄りたちは、異口同音に「戦時中や戦後と同じこと。明るいうちに食事を済ませて、暗くなったら寝るだけ」と言う。この精神力を見習わなければいけない、と思ったのはこの時だった。

 

 

その年の夏。幸いにも大きな被害を受けなかった我が家では、子供たちが「海に行きたい」なぞと言い出した。地震のために農作業が遅れ、主力である夫は消防団の活動として見回りや復旧支援などに駆り出されているというのに、である。怒りを通り越して呆れたが、「じゃあ、夏休みの子供用プログラムにでも参加すれば?」と提案したところ、「大人が決めたことをやるだけだからつまらない」とのたまう。子供なりに的を得たその答えを聞いた時、私は閃いた。「だったら、自分たちで全部自由にしていいから、海じゃなくて阿蘇で子供の合宿をするのでもいい?」と問い返したら、しばらく考えた後、「それでもいいよ」との返事。春に見聞きした、お年寄りたちの精神力と生きる技を持った次世代を育てなければ、と考えていた私にとって、好機が訪れたわけだ。

農家仲間たちはのきなみ我が家と同じような状況で、子供たちは夏休みに入ったが、遊びに連れていけるはずもない。そこで、農家の子供たちを主なターゲットとし、第一回目の「リトルファーマーズ養成塾」を開催することにしたのだ。参加条件は2つ。「田畑に行ってもはしゃがない子」と、「自分の事は自分でできる子」。1つ目の条件は、つまり日常的に田畑に足を踏み入れている子供たち、という意味で、自然体験や農業体験の大切さももちろん分かっているが、農家の次世代育成としては、そこに何が植わっているのかが分かるレベルの子供たちを対象にした次第だ。2つ目の条件については言うまでもない。

 

 

主に熊本県内から15名の子供たちが集まった。合宿の目標は「最終日にファーマーズマーケットを開くこと」。最終日までの4泊5日の過ごし方は、すべて子供たち自身が決める。どこで誰に何をいくらで売るのかも、子供たちに任せ、大人はただひたすら見守り、食べるものと寝る場所を提供し、前日までにリクエストがあった品物や車の手配をするだけ。大きなチャレンジだった。もう1つ、この取り組みの「肝」があった。1日1時間、「哲学」の時間をとることだ。車座になって、答えのない問いに対して自由な意見を出す。例えば、「自由とは何か」「生きるとは何か」「お金とは何か」など。はじめはキョトンとしていた子供たちだが、日を追うごとに発言が活発になってきた。学校で「教わる」ことは多くても、自分たちの頭でしっかり考える機会が少ない最近の子供たちのため、自然の中で思い切り体を動かすことと、1日1回でもじっくりと座り込んでとことん考えることを組み合わせることで、「自然との付き合い方を覚えながら自分の頭で考えられる次世代」を育てたいと思ったのだ。

 

 

結果が出るのは、ずっとずっと先のことかもしれない。しかし子供たちはたった5日間であきらかに変わった。不登校の子もいれば、自閉症の子もいたが、大人が介入することなく見事に彼らなりの社会や秩序を築いていたし、最終日には大人顔負けのファーマーズマーケットを開催したことで、自信もついたようだ。哲学の時間には何を言っても許されると分かると、臆さずに思い思いの意見を言うようになっていった。ちなみに、子供たちの発案により、3つのグループに分かれて売り上げを競うことになったのだが、ダントツの売り上げをあげたのは女子チームの「ハンドメイドクラフト」だった。ファーマーズマーケットという名前につられて、一生懸命、近所の農家さんから野菜を仕入れて原価計算をして販売した男子チームを横目に、「野菜の売り上げは当日の天気に左右されるし、売れ残ったら腐る」というごもっともな理由で、近所の農家さんにもらった端切れ布でお財布やアクセサリーをつくって、1つ3~500円で販売したのだ。女性の時代と言われて久しいが、次の時代もやはり女性の活躍が光りそうだ。

 

以来、3回目となった今年のプログラムは、最終目標も参加した子供たち自身が決めた。なんと、「お金を稼げるようになる」が目標。子供の自由を最大限に尊重するのは大人の忍耐力と対応力が求められ、口出しをしないために相当な労力を要する。リスクも大きい。だから今年で最後にするかもしれない、と告げたところ、「ここまで自由が許される機会はまずないから、来年は自分たちでお金をためて開催する」と言い出したのである。正直言って、目論見通り。にやけそうになる気持ちを抑えながら、5日間の「耐え忍ぶ」ストレスに向き合った。

 

 

この先、どんな社会になっていくかは、大人の私たちでさえ分からない。だからこそ、子供たちには彼らの感性と直感を伸ばして、その時その時の社会状況に合った知恵や生き方を見つけて欲しいと思うのだ。その力は、決して「教える」ことからは生まれない。彼らを信じ、彼らの意思を尊重するために大人が努力する。そんなことができたのも、植物や生き物の力を信じ、彼らが育ちやすい環境をつくる、という農家の職業柄が根底にあるような気がしてならない。

 

新規就農者が少しずつ増えているという嬉しい傾向も見えるこの頃だが、土地や技術や販路を既に持っている「後継者」を小さいうちから育てていけるのは、私たち女性農家の大きな役目なのかもしれない。リトルファーマーズ養成塾に参加した子たちが将来農家になるかは別として、農家だからできる次世代育成事業として、可能性を見出せるような変化を遂げてくれた子供たちに心からエールを送りたい。

ERI(大津愛梨)

ドイツ生まれ、東京育ち。大学卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にドイツへ留学して、修士課程を修了。2003年から夫の郷里である南阿蘇で就農し、無農薬米などの栽培に取り組む。2014年に女性農家によるNPO法人「田舎のヒロインズ」の理事長に就任。農業、農村の新しい価値について発信や活動を続けている4児の母。

この人の記事を見る